おだやかな日々に

海に眠る


今年も区民センターのお雛様に出会いました。段飾りのお雛様も素敵ですが、手作りの小さなお内裏さまが段飾りに負けぬほど素敵でした。


katidoki.jpg
その三月三日は短歌会のS先生が亡くなられて一年目になります。先生のご意志で海洋散骨をされるとの事、晴海から出航との事で勝どき駅に降り立ちました。勝どきには2016年の2月21日に、亡くなられたユミさまのお誘いで晴海トリトンスクエアの第一生命ホールのコンサートに来た事がありました。広い道路に高層ビル。近くに築地市場があり、活気もある町。これから東京オリンピックに向かい、更に変化してゆく町かもしれません。



heaven.jpg 出航は先生の亡くなられた時間を考慮されてか16時15分、前日から寒さが緩んで海も比較的穏やかでした。羽田沖まで小型船で進み、お別れ致しました。深く沈んだ先生のお骨の上に美しい花びらがいつまでもたゆたう様子を見ながらご冥福をお祈りいたしました。代表の方が、「先生の骨は地球に、魂は天国に・・」と言われた言葉がすんなり入って参りました。先生らしいすっきりしたとても良い式だったと思いました。19時頃晴海に戻った時にはすっかり暗くなって、ビルの明かりが綺麗に見えました。長い人生で色々葬儀には出席しましたが、海洋散骨は初めての経験でした。うん、私も・・・・・・


  1. 2018/03/08(木) 15:33:40|
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古いノートから


 私が短歌を始めた頃のノートを久しぶりに開いたら、亡き飯塚可男さんからの葉書が挟んであった。飯塚さんの短歌が新聞の歌壇の土屋文明選に載っていたのを見て私が差し上げた葉書へのお返事であった。どんな歌だったのかと思ったら新聞の切り抜きも挟んであった。飯塚さんの人となりと、土屋文明先生のものの考え方が良く偲ばれて、新年の新しい指針を示されたような気がした。
  1. 2018/01/11(木) 16:03:56|
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おばあさんになってしまった


 昨日の朝日歌壇に心打たれる歌が載っておりました。
 
 おばあさんになつてしまつたわたしですおぢいさんになつたあなたに会ひたい 門田照子
 
 
私も門田さんの立場だったらそう思うかも知れません。
毎日老いて行く「おぢいさん」の姿を見ているのは複雑な気持ちですが、門田さんの歌に惹かれるのはどうしてなのだろうと自分の気持ちを分析しております。きっと幸せだからでしょう。永遠には続かない幸せだからでしょうか。

パソコンのロック画面を先般訪れた鞆の浦の画像にしてみました。穏やかな優しい瀬戸内海の海です。
  1. 2017/08/22(火) 10:18:28|
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正岡子規に誘われて


又旧聞になってしまいましたが、4月15日に短歌会の友人に誘われて神奈川近代文学館で開催中の正岡子規展に出掛けました。沢山の展示品や、手紙など見ると、以前同じ友人たちと訪れた子規庵の事も思い出して懐かしい思いでした。兎に角天才的な能力の持ち主が病に冒されて短い生涯を終わらなくてはならなかった事を思うと本当にお気の毒で残念です。俳句と短歌、絵と書、どれも素晴らしい!すごい!
shikiten.jpg

良いお天気に恵まれ、文学館までの道のりを楽しみました。薔薇には少し早くて残念でしたが、外人墓地にはまだ桜やこぶしの大木が外側から眺められて風情がありました。港の見える丘公園には花一杯。春の息吹きが全開でした。

royalp.jpg
 
アフターは友人の案内で横浜ロイヤルパークホテルの68階へ。四人でタクシーを利用したので雲はおのぼりさん宜しく快適に景色を楽しみました。程々の量の中華料理は老人向き。最後に窓から外を眺めると、地平線まで見渡す事が出来ました。
幸せなひと時でありました。
  1. 2017/04/26(水) 14:22:08|
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万葉集メモ 8

unebi.jpg 一ヶ月お休みしてしまったが、今月は万葉集の講座に出席することが出来た。折しもその日の朝の新聞に「奈良・明日香村 の小山田遺跡で横穴式石室の痕跡と見られる遺構が見つかり、遺跡が7世紀ごろに築造された未知の古墳で石舞台を上回る規模という事が確定した。飛鳥期最大級の古墳であり、小山田古墳と命名された」という記事が掲載されていた。墓の主は舒明天皇?蝦夷?(画像は甘樫丘から見た飛鳥の風景)

stonestage.jpg
石舞台や飛鳥の写真があった筈だと散々探してようやく見つけた。もう二十年も前になるだろうか、世田谷区の婦人大学に参加していた時に飛鳥地方に行った時の古い写真であるが、クリックすると石舞台と人間の大きさが分かるが、これよりも大きな規模の古墳とは・・・と朝から万葉気分になった。

kaguyama.jpg
28 春すぎて夏来るらししろたへの衣ほしたり天の香具山  持統天皇
今回はこの有名な歌と、次の29、柿本人麻呂の長歌であった。
古い写真なので色褪せてしまっているが、かろうじて香具山が見える。同じくやっと見つけた自前の写真である。

28の歌は「白い衣が香具山にほしてあるのが見える」と単純に解釈していたが、先生は遠くから見ると白いのは衣かどうか良く見えないのではないか、という説があるという。それで、白いのは雪ではないかと。
え~~夏きにけらしと言っているのに雪ですかぁ?
東歌に「筑波嶺に雪かも降らる否をかも愛しき児ろが布乾さるかも」や平安時代の初めに歌われた地方民謡に「甲斐が嶺に白きは雪かや否をさの甲斐の褻衣(けごろも)や甲斐の褻衣」というものがあるとの事。これってやはり雪ではなくて布では?それとも??分からなくなった。
当たり前だけれどああ、そうかと思ったのは、
万葉歌の「ほしたり」は「ほしてあり」の略。百人一首( 新古今歌)の「ほすてふ」は「ほすといふ」の略。
で、見えるというのと、見えたそうだでは時制が違うので、今更ながらそこに時代の隔たりを確認したわけである。

29の長歌では主として柿本人麻呂の事についての説明があった。
人麻呂は下級官人知識人で相当に中国の詩文を勉強しているという事。古い枕詞を新しく作り替えたりしてふんだんに使っている事。例えば「そらみつ大和」を「に」を入れて「そらにみつ 大和を置きて」など。
土屋文明先生の万葉集私注にはこの長歌の語釈と作者及び作意について多くの頁を割いて書かれている。茂吉もほめている長歌だそうだ。春の草の生い茂った大津の都を見て悲しんでいる様子が表されている 本文は長いので省略。以上、取り敢えず復習終了。
  1. 2017/03/07(火) 10:59:22|
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