おだやかな日々に

鎌倉散歩

東慶寺
昨日のお話です。お友達の「この指止まれ」のお誘いに握り飯と飲み物を持って集合地のいざ北鎌倉へ。5人仲良く駅前徒歩3分の東慶寺に駆け込みます。四賀光子の歌碑「流らふる大慈の海によばふこゑ時をへだててなほたしかなり」発見。みつまたの花にここで初めて出会いました。
名月院
道端のつくしんぼうにみんなでしゃがみこんだり、木蓮の花さだめをしたり、のんびりぶらぶらと歩く先は名月院です。途中わかめさんのブログで見た葉祥明の美術館のネコちゃんに出会いました。あの画像とおんなじ所におんなじ格好で。帰りがけにも全くおんなじ格好で。花地蔵

 あじさいで有名なお寺ですが、しだれ桜もれんぎょうも、ぼけもユキヤナギも満開。お地蔵様も嬉しそうに見えました。奥行きのあるこのお寺でもみじの花を確かめたり、ピンク色の落ち椿の花を拾ったり、護符を売るアルバイトの84歳の青年とお話したり、石庭を背景にデジカメで写真を写したりと楽しい時を過ごしました。
建長寺

 指にとまらせて下さったお友達のご案内で建長寺に到着です。
鎌倉五山第一位の大きなお寺。山門を入ると伊豆の大瀬崎で見たことのある栢槇の巨木が目に入りました。ここの桜も丁度見頃です。今風の和服を着た若い女性を立たせて写真を写す男性が居りました。ちょっとその関係など妄想致しましたが、単なるモデルとカメラマンだった可能性が大なり。ここで楽しいお弁当。皆さん持参のおかずを少しづつ頂いて幸せ。
建長寺にて
 裏手にもつづく山道がありました。ここも建長寺の境内なのだそうで、石段の手前で桜を見て引き返し、本堂の裏側の庭園を眺めます。禅寺らしく、簡素な作りでセキレイがちょんちょんと池を巡り、ウグイスが間隔を置いて澄んだ声を聞かせて呉れます。遠山の桜も少し霞んで誠に静かな風景でした。
本堂を出て引き返す途中鎌倉らしい風景に出会います。風が吹いて太い竹がカンカンと鳴る音が心に響きました。
おもいで
前もって下見をして下さったお友達のお陰で、混み合う所を避け、快い鎌倉散歩をする事が出来ました。これまたお友達ご推薦のお菓子と薩摩揚げ、どちらも絶品。舌鼓を打ちました。鼓が鳴ったところでおしまいです。同行のみなさん、ありがとう御座いました。
  1. 2006/03/31(金) 14:56:00|
  2. 今日の風、今日の雲
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ブログ

さくら
昨日はパソコンの講習会があるから居ないよと言っておいたので、今日は豆台風がドッと押し寄せて来た。チビの一人がはしゃいでとうとう、ロールカーテンを引っ張って壊してしまった。恐るべき破壊力!
 敵去りて、夜となり、ババは疲れ果てつつ、テレビのBSで楽しみにしていたブログの話を見る。ブロガーの端くれ?として是非見て置きたかったものだ。うん、なかなか面白かった。ともすると近視眼的になってしまいそうなブログへの視野が広がったような気がする。
 番組としての「ブログ大賞」は
「世にも微妙なグルメガイド」
http://ameblo.jp/japaneasy1/
「夢を追う男」
http://blog.livedoor.jp/garyu1/
だった。その外に「ばーさんがじーさんに作る食事」「だから東京が好き」など、面白そう。順番に覗いてみよう。ブログの濁点を採ればただの付録・・・気楽になどというコメントも出て笑った。

昨日の朝のさくら、帰りにはどっと開いていた。
来週はお花見最適。吹くな風、降るな雨。
  1. 2006/03/26(日) 23:11:46|
  2. 今日の風、今日の雲
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なくてぞ人は 6

 今兄の歌を読んでみると戦後やや落ち着き始めた小市民の普通の生活が見えて来るのが面白い。当然のことながら、人はその時代に生きているのだなぁとつくづく思う。

 五球スーパーダイナミックラジオ購ひにけり澄み透るその音をこそ聞け
 押し麦を砂糖に替へてはやはやにゆで小豆煮る若き妻なり
 あふむけに寝ころびつつ見る夏の部屋浴衣垂れすだれかかり吾は素裸

現代では歌にもならぬ素材かもしれないが、当時属目の一首。
 足を組み煙草を吸へる女あり現代風にて危ふげのなし

長女が生まれ、兄の一番幸せな時代であったのだと今にして胸が痛い。
 膝に入れ夕べの飯を食ふ吾の箸に一々顔挙ぐる吾子
  1. 2006/03/24(金) 10:38:40|
  2. 短歌など
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なくてぞ人は 5

 寡黙なる吾を補ひ口数の多き汝こそ吾が妻なるか
 体質の相異なるも目に顕てる程の汝こそ吾が妻なるか
 灯を消して今こそ汝をかき抱くあはれしづけきこの夜の闇

男ばかりの旧制高校、大学を経て兵隊となり、終戦となって満州から帰って来た兄は女性と交際する機会などなかったであろう。一度職場の女性にプロポーズして断られたという話を聞いた事があった。そして父の知人の紹介で、見合い結婚をする事となった。

姉を空襲で失った私は新しい姉が出来る事がとても嬉しかった。隣の部屋から聞こえて来る兄嫁の声は澄んでとても美しく、我が家に花が咲いたように思われた。歌集には「新妻」として二十首ほどの歌が歌われている。
  1. 2006/03/23(木) 20:42:12|
  2. 短歌など
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なくてぞ人は 4

 兄が絵を描いているのを見た事が無い。しかし、絵を見る事は好きであったようだ。
 モネ睡蓮を画きて淡き色感が広き画廊にただよふ如し
 イタリヤの明るき太陽に居らしめばのびやかにピカソの女ありなむ

 この頃兄は実社会に出て仕事を始めたのであろう。子供だった私の知らぬところであった。
 抒情する心が吾になくなりて生活(たつき)索漠とマルクスを読む
 すさまじき現業事務に挺身す挺身といふ事は苦しも

 蛙の子は終に蛙にてありぬべし君に商才なく吾に文才なし(◯◯君)
ずばずばと名指しで詠むところがこの方の特徴。
 
 座に三人在りて語らふ窓の外麦生伸び居り春近からし
結社の親しい友達であろう。今でも昔聞いた覚えのある名前がその結社の広告に載っているのを時々確かめている。丁度今頃の季節か。未だ結婚前の兄の日々であった。
  1. 2006/03/22(水) 22:22:40|
  2. 短歌など
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短歌会とWBC

dog
今日は短歌会の日。同じく、棚ぼた式に準決勝に進出したワールドベースボールクラシックの3回目対韓国戦の日。試合開始前の両国の国歌を聴いた所で後ろ髪を引っ張られながら家を出る。地下鉄表参道の駅から短歌会の会場へ行く途中、レストランの裏戸が開いて、若いコックさんが出て来た。ドアの中から野球中継の声が聞こえてきたので思わず、「今どうなってますか?」と聞くと、3回お互いに得点無しとのこと。やれやれ。気持ちを切り替えてすたすたと歩く。
 通りすがりの洒落たお店の前に黙して語らぬ犬が前から気になっていた。戌年を記念して写してあげよう。mimoza
会場に近づくとミモザが花盛りだった。ここにミモザの木が在ることに気が付かなかった。折しも強い風に煽られて、房ごと大揺れに揺れていた。例によって私の歌はコテンパンに叩かれた。富士山の歌なんてよほど上手に作らなくては俗になるって。百も承知の助。だってサ、あの凄い富士を見たら、どうしても詠んでみたくなったのサ。
エレベーターの所でS先生が励まして下さった。嬉しかった。

家に付いた途端、留守番の方に「ニッポン、負けた?」と聞く。留守番の方は妙に機嫌が良かった。
何故か? フフ。ニッポン大勝。 これで良い一日となった。
  1. 2006/03/19(日) 21:02:08|
  2. 今日の風、今日の雲
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なくてぞ人は 3

老梅
戦災で焼け出されて不自由な暮らしではあったが、兄の短歌を見ると、それでも当時の若者の夢や活力のようなものが感じられる。

 アミの子が無尽数の命かなしくも水の青さにただよひて居り
 歌詠まむ心油然と湧き来るは食欲に似てたのしくもあるか
 オートバイにて東海道を馳せむ事空想しつつ人に語らず

食料の足しにでもするためか、或いは楽しみにか多分浜名湖あたりに釣りにいったのではなかろうか。アミの佃煮など記憶に残っている。オートバイで東海道を走ったかどうか知らないが、後に兄は良くオートバイに乗っていた。

 血を分けしその事がすでにのっぴきならぬ憎しみになるとこそ言へ
 怒りつつもの言へどやがてはかなくて次第に常の口調にかへる
 生活に深さも広さもなくなりて時折思ふ旅する心

肉親憎悪の事が先刻当のご本人の短歌に出てきた。一体対象は誰であったのか。字余りにしてまで歌に詠んでいる。

兄が旧制高校時代、帰省すると我が家にはピリピリした空気が漂った。
母が奥の部屋で勉強?している兄にお茶を持って行けと私を使う。
恐る恐る襖を開き、
「兄ちゃん、お茶」と差し出すと、珍しく機嫌良く「ダンケ」と言った。嬉しくなった私はバタバタと母の所に行き、
「おか~さん、兄ちゃん、ダンケだって。」
すると次の瞬間、「Y子ぉっ!」と恐ろしい兄の声。
「余計な事を言うなっ!」

この事が兄へのトラウマになって一生あの手の人が苦手になってしまった。だから私は兄が憎いのである。兄には兄の理屈があったのであろうけれど。
  1. 2006/03/17(金) 22:56:32|
  2. 短歌など
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CD作り

CD
解散したコーラスで歌った歌をいつか纏めようとMDに入れたままにして10枚も溜まってしまっていた。そのディスクからいくらかまともな歌をファイルにしてやっとこサCDを作った。winのxpは本当に便利だ。出来上がったCDとミニブーケを持って先生のお宅に届けに行く。赤いストライプの素敵なエプロン姿でにこやかに出ていらした先生にお渡ししてほっとする。中身の歌は大した事はないけれど、先生と会員とで共有した時間と思い出が詰まっている。一寸寒い日だったけれど、心が晴れやかになった。
  1. 2006/03/14(火) 21:30:25|
  2. 今日の風、今日の雲
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森に来た春

秋の山
 水曜日が巡ってまた森に行った。入り口を入ると途端に空気が美味しい。椿が咲いていた。秋の山。季節に取り残されたような名前。
河津桜
去年植えられた河津桜が少し大きくなって揃って咲いていた。4月半ばという暖かい気温に誘われて、しっかりお花見気分。
春の林
ここは何時も魅力的な所だ。冬の間は落ち葉がびっしりと根本を埋めている。未だ芽吹いていない木肌を照らす日差しが優しい。
サンシュユの花
日陰にサンシュユの花がひっそりと咲いていた。気品のある優しさ。清楚な花。
私のすがた
思わず手を触れたくなるようなおしゃれなデザイン。見上げるような大木。やがて緑が空を覆う季節がやってくる。今日もおにぎりが美味しかった。
  1. 2006/03/08(水) 22:54:50|
  2. 今日の風、今日の雲
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すさび

 兄貴憎しで始めた「なくてぞ人の」の冒頭の和歌に「すさび」がある。この意味を今まで考えた事がなかった。前後の関係で俗に言う「生きざま」のようなものと勝手に思いこんでいた。ある方がこの言葉を一日考えていらしたと伺って、こりゃ大変と改めて手元にある岩波古語辞典で調べてみた。すると本歌が出てきた。

ある時はありのすさびに語らはで恋しきものと別れてぞ知る 古今六帖五
紫式部はこの歌が気に入ったのかこの言葉が気に入ったのか源氏物語の中で頻用しているようだ。上の歌の意味としては「なりゆきのまま、勢いのまま」となっている。
「すさ・び」は「荒び、遊び、弄び」で、おのずと湧いてくる勢いの赴くままに振る舞う意、また、気の向くままに何かをする意、とある。

とすれば、何となく私が思っていた意味は当たらずとも遠からず思われた。スサノオノミコトのスサはこのスサビのスサと同根というのが面白かった。また、「遊び事」として「文作り、韻塞(いんふたぎ)などやうのすさびどもをもしなど」(源氏・賢木)は、はははん、である。そういえば「手すさび」などという言葉もありましたっけ。
と言うわけで久しぶりに古語辞典を覗いて楽しんだ。
  1. 2006/03/07(火) 10:59:15|
  2. 短歌など
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なくてぞ人は 2

雨漏りの箇所に分厚くコールタールを塗ればそれ見よコールタールが漏る
妹に購ひ与へし太閤記母が見て居りたのしくもあるか
酒瓶にたぶたぶ酒あり自転車の前にぶら下げ枯野を走る

 多分浜松市内の焼け野原に2600円のバラックを建てて住んでいた頃の歌だろうと思うが、良く分からない。母に雨漏りするからコールタールを塗ってと言われて塗り始めると、母がもっと沢山塗りなさいとでも言ったのか。それ見よという所に兄の性格かちらついている。

 兄が宗観和尚から借りた「宮本武蔵」が面白くて一所懸命読んでいたら、「子供はこんな本は読むな」と取り上げられた。太閤記の事は全く記憶に無いが、古本屋から「アンデルセン物語」を買ってきてくれた事は良く覚えている。アンデルセンの挿絵が美しくて今も懐かしく覚えているが、当時は宮本武蔵が読みたくて兄が憎らしかった。

兄と酒は切り離せない。当時の酒とはドブロクであったかも知れない。
兄の姿を彷彿とさせる歌だ。
  1. 2006/03/06(月) 22:23:02|
  2. 短歌など
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道すがら

デパートで
 コンサートのチケットを頂いたので、新宿へ出た。ホールまで15分ほどの道のり。時間があったので一寸デパートを覗くと天井に見事な藤の花のデコレーション。季節先取りの豪華な藤見をする。勿論本物ではないけれど。
使徒?
夕べ短歌3月号の特集、小島ゆかりを読んでいたら、
 なにゆゑに自販機となり夜の街に立ってゐるのか使徒十二人
という歌があった。へ~~、この自販機を見てね~~、と立ち止まって見てしまった。古着市
花園神社の境内になにやら店が出て、外国人の女性達が熱心に眺めていたので、覗いてみる。日本の着物や帯が沢山並べてあった。奥の方では刀のようなものも並んでいた。日本人にとっても珍しい品物も。
おいでやす
おいでやすと言っているような。福々しい日本人の顔。母の郷里の旅館の床の間にもこんな置物があったっけ。

 コンサートはマーラーの復活。アマチュアのパイオニア交響楽団と合唱団の演奏だったが、ド迫力でしっかり感動した。
 
電車でカッコイイ若い男の子が席を譲って呉れた。「アレ、わたし、そんなにオバーサンに見えるかな?」と思ったけれど、「え~、ありがとう!」と素直に座った。その男の子が友達と話しをした。言葉は韓国語だった。「韓国から来たの?」「はい」「韓国の若い人達は親切ですねぇ。有り難う。」とニッコリ。彼らもニッコリ。とても嬉しかったデスヨ。今日は楽しい良い一日だった。
  1. 2006/03/05(日) 22:39:53|
  2. 今日の風、今日の雲
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なくてぞ人は 1

 ある時はありのすさびににくかりきなくてぞ人は 恋しかりける

 母は身内や友人が亡くなるとこの歌をよく呟いていた。特に学問がある訳でもない母がどうしてこの歌を知っていたのかと聞いた事も無かったが、どうやら源氏物語の桐壺の中に出てくるらしい。と、これはインターネットで検索して判明したこと。

 私がありのすさびに憎かったのは私の長兄である。憎いと言っても、殺したくなるような憎さではなく、肉親に感ずるある種の憎さであったが、自分が兄の亡くなった年齢に近くなってきた最近とみに、「亡くてぞ兄は恋しかるべき」存在となってきたようだ。

 兄は73年の生涯に1冊だけ歌集を残して逝った。その兄の残した歌集を繙いて、兄の心の内を私の心に取り込んでみたいと思った。兄の歌集、「無影燈」は敗戦直後の昭和20年に始まる。

朝戸出の麦播く吾を呼びとめて宗観和尚柿を賜びたり
大学を卒へて今日ある吾なれどあはれ一個の労働力にすぎず
良寛の文字に対ひてしきりにも枯れ木の枝を思ひゐたるよ

柿を賜びし宗観和尚が兄の初めての短歌の師匠であった。
目玉のギョロリとした姿勢の良い恐そうな和尚さん、笑うと急にその時だけいたく可愛い顔になった。空襲で家を焼かれた我が家は一家で浜松近郊のお寺の本堂の横の二間続きの部屋に居候していたのであった。

食料の足しに何処かで麦でも作っていたのであろうか、子供であった私の知る由も無い事であった。

 
  1. 2006/03/04(土) 23:25:00|
  2. 短歌など
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子守など

3歳になった手
真冬に逆戻りのような寒い一日だった。雨の中をRの子守に出掛ける。4月から幼稚園に入るので、子守も間もなくお払い箱に。3歳になって急に生意気になる。でも、遊び疲れて私にだっこされながらシマジロウのビデオを見ているうちに、眠ってしまった。たわいない。大きな卵の殻がまだおしりについている。眠ってしまった小さな孫の手。

 テレビでLOHASという言葉が出てきた。夫も知らない。辞書にも無い。そこでパソコンで検索。Life Styles of health and sustainabilityの略で、「環境と人間の健康を優先し、持続可能な社会の在り方を志向するライフスタイル」とのこと。アメリカで発生した考え方だそうだ。色々書いてあったが、分かったような分からないような。実践の一例としてヨガやブログのお友達が体験されているホメオパシーなどの言葉も出てきた。新しい?言葉を追いかけるのは大変だ。


  1. 2006/03/01(水) 22:42:48|
  2. 今日の風、今日の雲
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