おだやかな日々に

太郎の誕生日

こんにちは
(思い出せばこんな日もありました。
太郎が我が家の一員になった日です。
もう14年も経ちました。)
ボク番犬だよ
生まれついての番犬です。玄関の前が大好き。ここに居ると落ち着くんだよ。


誕生日そして飼い主と一緒に歳をとって、今日満14歳の誕生日を迎えました。柴犬の平均寿命は14歳との事です。ちょっと飼い主に心配かけてますけれど、もう少し頑張れるかな・・・・・ネクタイに注意
シャケご飯とヨーグルトを食べたと言ったら、獣医さんちのお兄さんが、ボクも食べたいな~って言ってたそうです。
高価なドッグフードよりシャケご飯が好きなのは、やっぱり日本犬だからかなぁ。

  1. 2012/06/30(土) 16:00:54|
  2. ペット
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空手

大きい声で!
 最近チビ助が空手を始めた。母親が勤めから帰るまで、付き添いはおじいちゃんの役目となった。所がおじいちゃん目下不在の為、初めておばば雲にお役が回って来た。家のすぐ近くのマンションの地下が道場である。手すり?もついているから、バレエなどにも使われているようだ。
大きな声の若い先生。行った時は丁度豆粒のように小さな男の子が終わりのご挨拶をしている所。やっと口がまわるような年でお座りして、手をついて、「アリガトーゴザイマス」という姿の可愛いこと!交代の娘が来るまでオババは隅っこに座って時々こみ上げる笑いを怺えつつ見ている。
一人はやる気満々。一人は時々やる気を起こしている。一人は一応一生懸命に。でも、反対を向いたり、バッタのようにピョンピョン回転して空手なのか踊りなのか分からない。ああ可笑しい~~ 先生はリモコンを使ってラジカセで場面に応じてBGMを流しつつ、子供が飽きないように変化をつけている。今風である。結構楽しそうにやっているので、今暫くはおじいちゃんの「おつとめ」は続きそうである。来週はオジジにお役目返上也。
  1. 2012/06/23(土) 11:21:21|
  2. 今日の風、今日の雲
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もきっつぁんの山形 おしまい

斎藤茂吉像
斉藤茂吉記念館です。随分以前に、親戚の者に連れてきて貰った事がありますが、今回は時間をかけてゆっくり見ようと思いました。茂吉の胸像の前に思わす襟を正し「茂吉先生、お邪魔します。」と言った感じで頭を下げました。入るとアララギ関係の短歌誌がずらりと並んでおりました。勿論「青南」も。毎月寄贈されております。
蔵王
館内をゆっくり巡り、映像展示室で「斎藤茂吉の世界とその時代」を鑑賞し、神奈川文学館同様、茂吉独特の短歌朗詠の声を聞き、ホールで一休み。広いガラス窓からは蔵王の姿がくっきりと眺められました。
箱根山荘
 箱根山荘の勉強部屋(童馬山房書屋)です。大切にコンクリートの建物の中に移設されて居りましたので、初めは何処にあるのか分かりませんでした。北杜夫が一夏茂吉と一緒に過ごし食事係をしたという著作のくだりを思い出しながらぐるりと一巡り。箱根の周囲はどんな自然だったのかしら・・・
歌碑への道

 記念館を出て気持ちの良い道を歩きました。桜の季節はどんなにか美しい事でしょう。しかし、この季節も滴る緑が何とも言えません。少し歩くと緑の公園が開け、そこにアララギの三大歌人の歌碑がひっそりと散在しておりました。
歌碑


 ゆふされば大根の葉にふるしぐれいたく寂しく降りにけるかも   茂吉 
 わかやとの軒の高葦霜かれてくもりにたてり葉の音もせず     伊藤左千夫
 わが庭の柿の葉硬くなりにけり土用の風の吹く音聞けは      島木赤彦
 

これで今回の旅の目的はほぼ達成されました。
そこで帰りの列車の時間調整もあり、昼食を記念館近くのラーメンやさんで取ることになりました。
冷やし中華を食べましたが、、冷やしラーメンを食べてみれば良かったと後悔しております。
山形でしか食べられないものだとか・・・・
さらば
駅まで送って呉れた運転手さんも親切でした。サクランボ農家の兼業をしているそうで、名刺を渡されました。そろそろ忙しい季節となる事でしょう。山の斜面に張り巡らされたビニールシートはサクランボの実を雨から守る為と聞きました。
 じんわりと心が暖かかった山形。ありがとうございました。上山温泉駅よ、さようなら。
もきっつぁん

さて、この旅日記につけた題名「もきっつぁん」。
山形出身の父と茂吉と特別のつながりがあったとも思われませんが、ある時、父がこの茂吉の絵はがきを見て、「もきっつぁんも歳取ったなぁ・・・」としみじみ呟いたからです。因みに父の名前は広治で、山形では「ひろんつぁん」と呼ばれておりましたそうな。何はともあれ、茂吉先生失礼を致しました。
福島駅
帰路福島を通る時には自ずから厳粛な気持ちになりました。駅周辺は一見普段と少しも変わらぬ光景ですが、一日も早く正常な日々を過ごす事が出来ますようにとお祈り致しました。

 楽しかった(長い長い!)旅にお付き合い頂きましてどうもありがとうございました。


  1. 2012/06/17(日) 11:30:36|
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もきっつぁんの山形 6

茂吉の墓
斉藤茂吉の墓は「金瓶の和尚」と並んで居りました。
傍らのアララギの木は古木となったせいか、枝が折れたり、曲がったりしてちょっと気の毒な状態でした。折角なのに惜しいなぁ・・・・
立て札には墨で説明が書かれてありました。
茂吉の墓 茂吉が弟直吉(四郎兵エ)に宛てた昭和九年八月十二日の書簡に「僕の戒名を考えたが一字不満足ゆゑ、金瓶の和尚に三とほりばかり考えてもらってくれ」
以後も書簡の往復を繰り返し「赤光院仁誉遊阿暁寂清居士」の戒名がつくられた。茂吉が亡くなる十九年前のことである。
墓字についは昭和十二年二月四日の日記に「午後に茂吉之墓を書き・・・」とあり、戒名をつくった三年後に書いたことになる。』
云々。
アカシア
ここから野道を歩いて母上の火葬場跡に向かいました。川沿いに沢山アカシアの木が生えており、今花の盛りを迎えておりました。須川
その川は最上川に合流する須川です。この須川は父の郷里の旧東村山郡大郷村にも流れており、疎開をした時にその川で水泳大会をした事もあり、とても懐かしく眺めました。

わが母を
昔は野辺の焼き場で火葬したのですね。
 わが母を焼かねばならぬ火を持てり天つ空にはみるものもなし
 星のゐる夜空のもとに赤赤とははそはの母は燃えゆきにけり (赤光)
 
ここに来て見ると茂吉の慟哭が聞こえるような気がしました。
田圃のほか、何もないひろびろとした所、間もなく夜は蛙の声が響き渡る事でしょう。

野辺の花
紫色の野辺の花は豆科の植物のようでした。
遠くに見える立派なお寺は先ほど訪れた宝泉寺です。
山城屋
 ここからタクシーを呼んで山城屋へ行きました。山城屋は茂吉の弟、直吉(高橋四郎兵衛)が経営していた旅館との事で茂吉は勿論のこと、茂太氏、北杜夫氏始め短歌関係の人が良く泊まった旅館で話しには聞いて居りましたが、残念ながら2年前に廃館したそうです。しかし、茂吉の資料館は見られると思ったのでした。所が結局資料館も閉ざされて居りました。
山城屋庭園折角だからとお庭拝見。このまま放って置くのは誠に勿体ない、美しい日本庭園です。
山城屋
 タクシーの運転手さんが、「買い主がまた旅館を開くという話を聞いたけれど、どうなったのか、そのまんまで勿体ないですねぇ」と言っていた。昔のままの旅館が再開されれば良いのだけれど・・・・と言ってもまた来られるかどうか・・・
     朝ゆふはやうやく寒し上山の旅のやどりに山の夢みつ
                                      茂吉(石泉)












  1. 2012/06/14(木) 14:27:05|
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もきっつぁんの山形 5

金瓶学校
前日に上山に移動しました。昨夜と今朝は上山温泉旅館の源泉掛け流しにとっぷりと浸りました。久しぶりの温泉でした。朝、上山温泉駅まで旅館の車で送って貰い、そこからタクシーで茂吉の学んだ金瓶学校へとやって参りました。残念な事に戸が閉ざされて、中を見る事ができませんでしたので、僅かな隙間と、障子の小さな穴から中の様子を覗き、それでも雰囲気が分かりました。石

これは何だと思いますか?ひょっとして茂吉が学んだ頃からここに在ったかもしれないなどと、勝手な空想をして思いを寄せた金瓶学校の敷地の片隅の石っころです。殆ど訪れる人も無いのでしょう。全く踏み荒らされた様子もなく、木の花が散ったまんまのひっそりとした小さな庭でした。
宝泉寺
学校のすぐ隣の宝泉寺です。ここの住職佐原窿応(りゅうおう)の仲介で明治29年、14歳の茂吉が上京したという因縁のお寺です。ご法要の人々が数人若い住職と寺に入って行きました。
のど赤き
宝泉寺の境内の立派な歌碑にはあの有名な歌が彫られておりました。
 のど赤き玄鳥ふたつ屋梁にゐて足乳根の母は死にたまふなり
 ここには、「白き華しろくかがやき赤き華あかき光を放ちゐるところ」と茂吉が詠んだという「地獄極楽図」があるという事を後で知りました。
生家
右の画像は茂吉の生家です。入り口に大きな墨の文字で「茂吉の生家」と書かれて居りました。

蔵
  死に近き母が目に寄りをだまきの花咲きたりといひにけるかな (赤光)
 茂吉の母はこの蔵座敷で亡くなられそうです。丁度おだまきの花が咲いて居りました。
左手から裏庭の方に進むとワンチャンにしっかり吠えられました。すると屋内から「茂吉の兄の孫です。」と男の方が出て来られ、どうぞごゆっくりと仰ってくださり、一緒に写真を撮らせて頂きました。「先週は横浜に行きました。」とのこと。茂吉展をご覧になられたそうです。ワンチャンのお陰で思いがけず生家の方とお話が出来ました。
生家の庭で
大石田よりも気温が高いようで、こちらのお庭のオキナグサは本当の翁になっておりました。 
散る
裏庭の小梅の実が沢山落ち零れているのも、とても風情があり、もきっっあんの時代からあった梅なのかなぁと感慨にふけりました。
突然の押しかけ訪問に快く応対して頂きまして本当に有難う御座いました。
  1. 2012/06/12(火) 21:15:30|
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もきっつぁんの山形 4

聴禽書屋 いよいよかねてから訪れたいと思っていた聴禽書屋にやってきました。先ず隣接の町立歴史民族資料館に入りました。「斎藤茂吉短歌展~赤光から小園まで」がテーマの展示でした。こじんまりした館内を、一巡り。
 聴禽書屋は茂吉が昭和21年2月1日から仮住まいをした二藤部右衛門家の離れです。離れと聞いていましたし、写真などで想像していましたが、思っていたよりも立派な家で隅から隅まで昭和の匂いに充ち満ちておりました。二階のすり切れた畳のへりは当時のままと聞きました。茂吉はこの二階で絵を描いていたそうです。
窓から
みしみしとする階段を上ってその二階に上がりました。とても清々しい眺めです。赤い紅葉の向こうに見えるのが二藤部家の母屋です。お風呂が無かったので、茂吉は母屋までお風呂をもらいに通ったという話を聞きました。今は新緑の美しい季節なので、気持ち良い住まいと思いましたが、雪が多いという大石田のこの家の冬を想像すると、戦後間もなく、不自由で暖房も無い時代の事とて、さぞかし寒さが身にこたえた事でしょう。

白き山
母屋から目を逸らすと、桐の花の向こうに雪の消え残る山が見えました。茂吉が詠った白き山でしょうか。冬の間は真っ白になる事でしょう。

オキナグサ
 聴禽書屋の庭に咲いていたオキナグサです。昔はあたりに沢山咲いていたけれど、段々少なくなってきました。でも、ここの庭には沢山咲くのですと、管理人の女性が話して下さいました。
 われ世をも去らむ頃にし白頭翁いづらの野べに移りにほはむ  (白き山)
茂吉ゆかりの場所でオキナグサに出会えて幸運でした。


庭に歌碑が建っておりました。
 蛍火をひとつ見いでて見守りしがいざ帰りなむ老の臥所に
花
最後は虹ヶ丘公園です。山を登ってゆくと山ツツジやうつぎが咲いて居りました。


わらび?
これはわらびではありませんか?
そして、向こうに展望台が見えて来ました。
そこからの景色は素晴らしいの一言に尽きました。
最上川絶景
 最上川遠(とほ)ふりさくるよろこびは窈窕少年のこころのごとし
                              (白き山)
「窈窕(ようちょう)」について、加藤淑子氏の「茂吉形影」に次のような記載がありました。
『この歌では「窈窕」は少年の柔軟な信条を云ってゐる。
杜甫詩集は疎開の荷の中に入れられ、金瓶村で暮らしはじめた頃読み手抄した。昭和二十二年新春の最上川を、六十六歳になった感慨をこめて遠望した歌を推敲中に、以前手帳に手抄した杜甫の句が思ひ出され、原作の下句を「窈窕少年のこころのごとし」と改め、歌は一気に平凡を脱し完成したと思はれる。杜甫の詩の句とはいふものの、「窈窕」は詩経以来東洋の美しい古典語で、この一首はその活用例であろう。』

推敲前の下句は「六十六歳の吾ならなくに」「いまだ老いざる吾のごとしも」であったそうです。
最上川絶景2

 山を下る途中の歌碑には、
  最上川の上空にして残れるはいまだうつくしき虹の断片(白き山)
というため息が出るような歌が彫られておりました。
この日最高の最上川でありました。






  1. 2012/06/08(金) 15:25:48|
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もきっつぁんの山形  3

山門

最上川を渡り、西光寺に移動しました。何とも素朴な感じのお寺です。純朴な
慶応3年作。純朴な感じの仁王様ですね。



芭蕉句碑
境内の裏手に回ると芭蕉の句碑(中央)がありました。
  さみだれをあつめて凉し最上川




涅槃像少し行くと乗舩寺(じょうせんじ)です。 仁王門を入ると右手に何気ない土蔵のような小さな建物。通り過ぎようとしてふと見ると、自由に扉を開いて中の涅槃像を拝観出来ると書いてありました。そっと覗くと美しいお顔の仏さまがほの暗い自然光の中にゆったりと横になって居られました。
茂吉の墓
ここには「斎藤茂吉之墓」がありました。明日尋ねる金瓶と、青山墓地以外に思いがけず出会った茂吉の墓はひっそりとして一寸寂しげに感じられました。
 子規
奥に進むと大きな木々の爽やかな緑の中に子規の句碑、
   ずんずんと夏を流すや最上川

逆白波

そして茂吉の歌碑がありました。
  

    最上川逆白波(さかしらなみ)のたつまでに
            ふぶくゆふべとなりにけるかも
 (白き山)





  1. 2012/06/06(水) 15:39:00|
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もきっつぁんの山形  2

向川寺
これから最上川に沿って茂吉ゆかりの場所を巡ります。先ずは向川寺です。素朴なというか鄙びたというか自然と一体になっているようなお寺。先ず驚いたのは大銀杏と道にはりめぐらされたその根っこです。
石段
度肝を抜かれた根っこ道を過ぎると古い石段です。650年の歴史を持つお寺。一瞬鎌倉を歩いているような錯覚におちいりました。


僧堂
山門を抜けると不思議なお堂が忽然と現れました。本堂は無し。これは昔の僧堂だったらしい。遠い代の幻のようです。


のんびりと
右手にこんなお地蔵さんたち。中にはモアイ像のようなお顔もみえました。新しそうな石像でしたが、のどかに団らんしているような・・・何方が作られたのでしょうか。
桂
自然も大きい木も大きい。珍しい桂の大木です。

  四百年の老の桂樹うつせみのわがかたはらに立てる楽しさ 茂吉 (白き山)
  もきっつぁんはこの桂の木と向き合って語り合われたのでありましょう。

帰宅してからググッたら黒滝向川寺はパワースポットなどと書いてありました。
そうかも知れません。たしかに。
裏山には遊歩道があって古いお地蔵様が居られるらしい。知りませんでした。残念です。


  1. 2012/06/04(月) 20:41:22|
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もきっつぁんの山形 1

出発
斉藤茂吉という天才の生まれた山形へ小旅行。目覚ましをかけて早起き。東京発7時12分です。
到着
新幹線で3時間と一寸で大石田に到着。「よくござってけだなっすー」と、しっかり東北だなっすー。駅員さんはたった一人でいそがしそう。切符受け取ったりハンコ押したり、アナウンスしたり質問に答えたり。ご苦労様。
川前観音堂駅前でタクシーにのり、予定のコースを話すと親切にガイドさんに変身。先ずは一番遠いと思われた川前観音堂という所に。藤の花びらが散りしいている素朴な石段を登って行くとまた何とも素朴なお堂が。
そこからの絶景は・・・
最上川
ゆったりと音もなく流れる水量豊かな最上川です。感動の第一声を上げました。
あちらこちらの藤の花
丁度山藤の花盛り。自然の中に咲いている藤の花を目の前にして幸せな気持ちになりました。ここでタクシーの運転手さんの提案。「メーターを気にしながら乗るより一日乗り放題にしたほうがお互いに気が楽でしょう」と、山形なまりで。というわけでこの日は最後まで借り切り契約となりました。
最上川遠景
最上川が綺麗に見える絶景ポイントがあるとの事でドライブして来た所。蛇行する最上川を見るには一寸高度が足りず、池みたいに見えましたが、確かに見晴らしが素晴らしい!
水張田
今年は雪が多くて多くてと実感こめて話して呉れた運転手さん。田植えも遅れてようやく植え終わった所、未だの所があるとの事。水を張った田んぼやうっすらと緑色の早苗田の美しい風景が見渡せました。
吹雪除け
ガードレールのように見えたものは実は冬になるとぐぐっと伸ばして吹雪き除けになるのだそうです。左は新式で使わない時にはこんな形に。右は旧式で冬になると壁が張れるようになるけれど丈は縮まらないとの事。長閑な風景からは想像出来ない冬支度のお話でした。
月山
今日はお天気が良いから運が良ければ月山と鳥海山が両方見えるかも知れないと連れてきてもらった所。残念ながら鳥海山は見えませんでしたけれど、真っ白な雪が積もっている月山を眺める事が出来ただけでも幸運でしたよ~~
昼食
「お昼もたべなくちゃぁね」という事で連れて行って貰ったお蕎麦屋さん。美味しかったです。天ぷらの一番上の葉っぱは「こしあぶら」とか。初めて聞く名前でした。わらびの一本漬けが別皿に出ましたが、旅館でも出てとても美味しかったので、お土産にしました。お昼を食べた所でひとやすみ。つづきはまた明日という事でおやすみなさぁい 今夜はまん丸なお月様でした。最上川を照らしているでしょうか。





  1. 2012/06/03(日) 22:08:21|
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