おだやかな日々に

母の故郷高田へ 4

雁木の町
母の生家の辺りは商人の町として栄えておりましたが、折しも商店はお休みの日で、どこもかしこもひっそりとしておりました。そのせいか、何だか終戦の年に一時疎開していた時の方が賑やかだったように感じました。しかし、それだけにゆったりとした二丁目界隈を暫くぐるぐると歩きまわりました。画像は昔の雁木に近い面影を残した通りです。
雪おろし用はしご 殆どの家に雪下ろし用の梯子がかけてありました。

除雪用品

こちらのお宅には、まだ除雪用品がそのまま置いてありました。雪国を知らない姪は何かと興味津々です。



お稲荷さん 理髪店の奥さんが教えて下さった稲荷神社はすぐそこにありました。ここに「歴史的町名 両替町」の立札がありました。母が暮らしていた頃は「両替町」と言ったのです。母は「りょうがえまち」を「りょうがまち」と言いました。多分ここに住んでいた明治、大正、昭和初期の人々はみんな、「りょうがまち」と発音していたのだと思います。このたび高田で出会った人々は殆ど全部と言って良いほど標準語のアクセントで話しておりました。
 道を問へば越後訛りに答へくるる名を知らぬ人なつかしきかな
 夫と来た時の歌です。それほど昔とも思っておりませんでしたが、当時は未だ越後なまりを聞く事が出来たのでした。

この「お稲荷さん」は母の家にとても近いのですが、大正の初めに出来たようで明治二十七年生まれの母が子供の頃親しんだ「お稲荷さん」ではなさそうでした。高田にはなぜかあちらこちらにお稲荷さんがあるのです。

  1. 2015/04/29(水) 15:18:31|
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母の故郷高田へ 3

儀明川 高田の町には何本か川が流れておりますが、駅に一番近い川に沿って行くと母の生家近くに行き着きます。川の名前は儀明川。曰くのありそうな名前ですね。6年前は簡単に行ったような気がするのですが、何となくどの橋を渡れば良かったのか自信が無くなって、誰かに聞こうと思うのですが、人通りがありません。見当をつけて馬出橋(おんまだしばし)を渡りました。
橋を渡って間もない所の筈です。理髪店の奥さんが店の前で植木鉢に水やりをして居りましたので、訊ねてみました。

「この辺りは仲町2丁目ですか?」
「そうですよ。」
「この辺にお風呂屋さんがありましたか?」
「はい。この向かい側の川っぺりにありましたが、今は駐車場になりました。」
「近くに〇〇さんというお宅がありますか?」
「さぁ、今はありませんが、そういえばおばぁちゃんが良く〇〇さんと言ってましたね。」
〇〇さんとは、母の生家の2,3軒隣の家で親しくしていた家です。間違いありません。理髪店の中年の奥さんのお蔭で確認できました。昔母と来た時も、母が亡くなって夫と来た時も母の生家はきれいさっぱり無くなって、駐車場になっておりましたが、今もそのまま駐車場になって居りました。
雪よけ 
 姪がカメラを持って駐車場の奥まで入って行きましたので、後について行くと奥の方の家にまだ雪よけの板が残ったままになっておりました。板受け
別の家にもあの板を支えるための金具が取り付けてありました。冬になると一斉に重そうな板で雪除けをするのですね。


forsnow_
前の道路の真ん中に穴が空いておりました。また理髪店の奥さんに聞きますと、雪が積もるとあの穴から水が噴き出して雪を溶かしてくれるのだそうです。あの装置が出来てから道路の雪も減ってとても助かるとのこと。母の話をしたり、母の懐かしがっていた「お稲荷さん」の話をすると、「お稲荷さんならすぐそこにありますよ」などと色々親切に教えて下さいました。家も親せきも絶え果てたこの高田の母の生家の近くでこの奥さんと出会ったのはまるで母の執念の導きのような気が致しました。お礼を言って別れました。
みかえり橋

 
 歓喜橋みかえり橋と歩み来て馬出橋(おんまだしばし)の上に南葉山見ゆ
 母と来たときに見えた山はもうビルの蔭で見えなくなっておりました。

  1. 2015/04/28(火) 15:00:15|
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母の故郷高田へ 2

高田駅舎
 認知症になった母が亡くなるまで恋しがった高田の町を、母が亡くなってから夫と訪れたのは9年前のやはり四月、桜の咲く頃の事でした。当時の駅前はむしろ寂しいほどで建物は深い雪の為に洗いざらしの木肌が無残な感じを受けたものでした。今回、姪を案内する為に前日、グーグルストリートで高田駅を見てびっくり。隔世の感がありました。という訳で、予備知識があったために良かったのかどうか、実物を見てハハ~~ン成程とびっくりしないで済みました。

母の生まれし雪ざれし町の古き宿を長々揺らし夜汽車過ぎゆく
昭和63年に92歳の母を伴って高田に行った時の歌です。

駅前にまぁ、何とドデカイ看板が。開府400年とは、伊達政宗が普請総裁として指揮を取り、大阪の陣を目の前にしてわずか4か月足らずで高田城を竣工させたと言われる1614年から開府400年という事でした。
道のこちら側から リュックサックを背負った二人は予約していた駅からすぐのホテルのロビーにリュックを預けて城下町高田散歩を兼ねて目的の母の生家あたりを訪ねる事に致しました。

見る夢はいつも故里の家といふ九十二の母と共に今来し
  1. 2015/04/26(日) 16:44:09|
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母の故郷高田へ 1

雪上の造形 兄の入院中、同居して母に愛された姪が前々から母の故郷、上越高田に一度行ってみたいと言っていましたが、この度、思い切って一緒に行くことに致しました。4月22日、JR新幹線MAXとき315は午前10;16分、東京発であります。
東京→上越妙高→高田 のコースは単純でこれにしようと思ったのですが、姪曰く、東京→越後湯沢→直江津→高田 のコースの方が運賃も安く、沿線の景色も新幹線直通より珍しいのではないか(運賃の安い分で美味しいものが食べられるし・・)との事で、まぁ一理あると、少々時間はかかりますが結局こちらで行くことになりました。

 越後湯沢からは北越急行ほくほく快速という名の列車。直江津からは、えちごときめき鉄道妙高はねうまラインという長い名前の鉄道です。これって、JRなの?と鉄ちゃんの孫に聞きましたら「第3セクターだよ。」と教えてくれました。分かったような分からないような。それで、チケットを買いにJTBに行き、このコースを頼みましたら、このコースで発券した事が無いそうで、係の方が時刻表などで調べてようやくチケットを手に入れました。上越新幹線が開通しても新潟や金沢に行くのは便利になったけれど、地方の町はさびれてしまいますね、と言われました。以前行った時は全部JRでしたからもっと単純だったような気がします。という訳で、列車に乗るまでは何かと気を揉みましたが、遂に上越新幹線東京駅21番乗り場に無事辿りつき、姪と合流して旅が始まりました。。。。と、こんな調子ではこの話、いつまで続くことやら。
越後湯沢で乗り換えてほくほく快速に乗ると、窓の外は何と雪景色でした。雪の上に大きなオブジェ出現。ほくほくとしてトキメキの旅の始まりです。
  1. 2015/04/25(土) 21:53:20|
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直江津にて


五智公園という所に八重桜を見にきましたら、思いがけず水芭蕉が咲いていました。感激〓
  1. 2015/04/23(木) 15:26:05|
  2. 今日の風、今日の雲
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上越高田


母の郷里の高田にやって参りました。桜はもいおしまいでしたか、八重桜は見頃です。今日は高田城公園などあるきました。堀端から妙高山も見る事が出来満足です。15000歩以上歩きました。
  1. 2015/04/22(水) 21:33:13|
  2. 今日の風、今日の雲
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空間移動


直江津に向かう列車の中です。雪も桜もありです。
  1. 2015/04/22(水) 12:46:09|
  2. 今日の風、今日の雲
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宮古島のお土産


隣の姪が宮古島のお土産をくれました。今日は地震や津波警報で大変。無事で良かったです。体に良さそうなものばかりです。
  1. 2015/04/20(月) 22:52:17|
  2. 今日の風、今日の雲
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テスト


山形産のカタクリです。可哀想で食べられません。
  1. 2015/04/20(月) 22:39:39|
  2. 今日の風、今日の雲
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先生のコンサート

コンサート
コーラスの先生のコンサートに出掛けました。
今回は可愛らしくて素敵な奥様とのお二人のコンサートでした。
プログラムが和洋混淆でユニークな取り合わせでした。
時々思い出せるようにyutubeからコンサートを再現してみようと思います。
最後に前回の先生のコンサートのアンコールで歌われた動画も発見しましたので、再現アンコールです。


春に  木下牧子作曲 谷川俊太郎作詞
これは合唱曲ですが、情緒たっぷりの勿論独唱でした。この曲は以前初めの先生の時に歌ったことのある懐かしい曲でした。
5つのシェイクスピアの歌   クイルター作曲 シェイクスピア詩
もはや灼熱の太陽も怖れるな、緑の森の木の下で、恋に落ちた若者とその彼女、さあ持って行け この唇をどこへでも、雨が毎日降るからさの5曲です。シェイクスピアが出てきて驚きました。
ただ憧れを知るもののみが  チャイコフスキー作曲 ゲーテ詩
長い道  フォーミン作曲 ポドレフスキー作詞
ああ、この曲!と懐かしく聞きました。ロシア語で歌った先生格好良い!
六騎、汚れた手 2曲省略
Che gelida manina La Boheme  プッチーニ作曲
E lucevan le stelle プッチーニ作曲
あまりにも有名な曲ですね。 次はベナツキー作曲 愛してもらえたら ”白馬亭”というミュージカルの軽快な曲でしたが、割愛します。
金子みすずinオペライズ  増井めぐみ作曲 金子みすず詩
この動画は今回の歌ではありません。今もお若いですが、もっと若い時の先生ですね。今回は
花屋のじいさん  舟の唄  星とたんぽぽ 硝子 夢売り の5曲でした。
ひぐらし      団伊玖磨作曲 北山冬一郎作詞
木菟  中田喜直作曲 三好達治詩
悲しくなったときは   大中恩作曲  寺山修司詩
ぼくが死んでも     信長貴富作曲  寺山修司詩

Fly me to the moon バート・ハワード作詞作曲
So in love "kiss me, kate" コール・ポーター作詞作曲

闘牛士の歌  アンコール!
無事にコンサートが終りました。楽しかったぁ~~~
けど、折角のイケメン先生、あまり体重が増えないようにお願いします。
  1. 2015/04/11(土) 16:44:26|
  2. 音楽
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春 上野公園にて

 夫の友人からみちのくの仏像展のチケットを頂きました。お蔭でジットマン氏はおみこしをあげ、一緒に上野に出掛ける事になりました。国立博物館に入るのは本当に久しぶりです。青森、秋田、岩手、山形、宮城、福島の各寺の仏像の中にはあの3.11の震災を経験された仏様も居られました。殆どが平安時代のもので、中には鎌倉時代や江戸時代の円空仏も居られました。重量感に溢れ、心なしか土の匂いも感じる親しみのある仏様たち。父の故郷の仏様も居られ、とても懐かしい思いで拝観致しました。
同時に法隆寺宝物館にも入館できるとの事で足を延ばしました。一度テレビで見た事はありますが、入るのは初めてです。この建物が素晴らしい!前庭に大きな池があり、正に風に散る桜の花びらが一面に散り敷いて、風の流れのままに移動する様子も絵のようでした。館内はひっそりとして薄暗く、奈良の法隆寺から皇室に献納された宝物約300件のうちの一部が展示されておりました。いにしえの静寂を味わいたくなったらここに来るべし。
 係りの女性が今日は博物館の庭園も解放されていますよと親切に声を掛けてくれました。そこでもう一頑張りと更に本館の裏手にある庭園に入りました。来て良かった!見事な桜と桜吹雪を堪能致しました。
 というわけで、今回はウインドウズムービーメーカーを使って遊んでみました。ご笑覧ください。

  1. 2015/04/05(日) 13:58:58|
  2. 美術
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