おだやかな日々に

屋島へ

 長い間屋島は本当の島だと思っておりましたが、今は繋がっているのですね。
 子供の頃覚えた源平合戦の歌に鵯越がありますが、この歌詞の最後、「屋島をさして落ちでゆく」に哀れを催したものでした。一度は行ってみたいと思っておりましたが、思いがけず念願がかないました。車でホテルを出て駅とは反対に進んでゆくと大きな台形の土地が目前に迫ってきました。、それが屋島でした。ハワイのダイアモンドヘッドに似てる!とは友人の感想。そういえばそうでもありました。
屋島に入ると間もなく「四国村」がありました。パンフレットの紹介には、「四国各地の民家を移築復元し,公開している野外民芸博物館」とあります。一寸だけ覗く積りでしたが、とても奥行があり、見応えがあり、格好のウオーキングを致しました。先ず屋島は四国村から始まりました。

  1. 2015/05/31(日) 15:50:52|
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夜の高松 ビストロで

アーケイド街
高松在住の短歌会のお二人のご案内で素敵なイタリアンビストロで夕食となりました。
高松の中心あたりと思われる所の楽しそうなアーケイド街から横道に入った所、素敵な民芸調の外観は和食のお店かと思うようでした。
イタリアン 生ビール、カシスドリンクなどと併せて頂くイタリアンに満足満腹。五色台はちみつのクアットロフォルマッジ、ワタリガニのスパゲッティーなど目にも豪華な晩餐を頂きました。
高松は立派な楠の木の街路樹が続いてとても気持ちの良い街でしたが、中心街のアーケイドの立派な事にも感心致しました。
アーケイドの中心 食後、歩いてホテル近くまで送って頂きましたが、どこまでも続くアーケイドには驚きでした。真ん中にはドームがあり、丁度ミラノのガレリアそっくりです。
ドーム 初めから終わりまで心を配ってご案内下さったtokoさまはこれからまた歩いてお帰りになると伺って驚きましたが同時に兎に角歩いて家に帰る事が出来る街に住む事の長所というか羨ましさ、懐かしさを感じました。というのも雲が思春期を暮した浜松の町も、(今は随分合併で範囲が広くなりましたが)あの当時は何処へ行ってもどこからでも歩いて帰る事が出来ましたから。
さぬき麺業
アーケード街の中にもうどん屋さんがありました。昨日食べたうどん屋さんもそういえば「さぬき麺業」だったかな。
そろそろお名残り惜しくもお世話になったtokoさまともお別れの時となりました。
本当に有難うございました。
明日は愈々屋島に参ります。
  1. 2015/05/30(土) 11:31:21|
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玉藻公園で舟に乗る

高松城址 空港から短歌会場まで行くときに目についた堀と城はやはり高松城址でした。そこは玉藻公園と呼ばれております。行って見たいと思って居た所、同行の友人たちも同じ意見でラッキーでした。菅笠を冠って入り口を入ると、掘割を遊覧する船着場があり、法被姿の船頭さん風情のおじさんが二人。午後4時頃になって居りましたのでもう舟には乗れないかしらと思いましたら、「いいよ」との事。水深5メートルほどあるので一応腰に浮き袋を巻いて、菅笠を冠り、すっかりその気になって乗船しました。
舟から見る
 この堀には海水が流れ込んで来る為に、海の魚が泳いでいるとか。何しろ大きな鯛が沢山泳いでおりました!舟が動き出すと間もなく舟の左右に集まってきます。舟から餌を撒くので寄ってくるという仕掛けでした。
鯛これは楽しいです。目の前で泳ぐ鯛を初めてじっくりと見る事が出来ました。

披雲閣
機智に富んだ船頭さんの楽しい話を聞きながら(丁度大阪都構想の可否を問う選挙の日に当たっていたので、そんな話も話題に上がる)ゆらゆらと心地よいお堀一周をすませ、満足しながら陸に上がって綺麗に整備された緑の美しい公園内をそぞろ歩き、披雲閣(松平家高松別邸)のガラス戸越しに大きな広間をのぞき込んだり写真を撮ったり。披雲閣どこもかしこも、良く管理されて塵一つ無く、気持ちの良い散策でした。正面の一寸した売店にさっきの船頭さんが店番をしており、あらまぁと瞬く間の再会に笑いさざめきました。

さらば玉藻公園 披雲閣の脇にぽっと置かれた蛇の目傘と静かに浮かんでいる舟。とても楽しくて良い思い出になりました。因みにシルバーは証明書があれば入園無料です。そして夕食に向かいました。



  1. 2015/05/26(火) 22:26:56|
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讃岐うどんと栗林公園

うどん
高松と他地方から集まった58名の歌会は無事に終了。以前ネットで連句をご一緒したsakoさんと感激の対面を果たしました。お昼は勿論さぬきうどんです。前夜、懇親会で出たうどんすきもとっても美味しかったのですが、地元の方は「こんなものじゃない」とのこと。ご案内頂いて種類の多さと安さに驚きました。

きつねうどん雲はきつねうどんを頂きました。うどんの切り口が星型になるのが美味しいうどん。汁は全部頂く。出し汁が美味しい。Nさんは中力粉で朝練ってビニールに入れ、冷蔵庫で寝かし、自家製のうどんを作られるとか。 許されるならば、さぬきうどん、順番に征服してみたいです。

栗林公園
 腹ごしらえが出来た所であの有名な栗林公園へ。タクシーの運転手さんは「栗林公園は日本三大庭園には入ってないけれど、その上の日本一じゃ」と説明して呉れました。紫雲山を借景にとてもスケールの大きな回遊式庭園でした。 ここで同じくネット連句仲間のwakoさんともご一緒にそぞろ歩きつつ親しくお話が出来て本当に幸せでした。


松
この庭園には当初、栗の木があったようですが、現在は松が1400本も植えられているそうで、繊細な枝ぶりが素晴らしいです。 
枝ぶり
  折しも燃え上がるような新緑が映えて池の風情も一入でした。


でっかい鯉
  鯉も立派です。ナマズも交じっていましたよ。

一歩一景
お天気も良く幸いでした。一歩一景とか。少しづつ変わる景色を楽しみました。

遊覧船

 この池を一巡りする遊覧船を見かけました。さぞかし優雅な気持ちになれる事でしょう。残念ながらここでは乗る事が出来ませんでしたが、この後、玉藻公園(高松城址)で遊覧船に乗る事が出来ました。






  1. 2015/05/24(日) 11:29:48|
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高松へ飛ぶ

高松駅
17日羽田朝9時半発の飛行機に乗って高松に向けて出発致しました。高松での短歌会に出席する為でした。国内線に乗るのは北海道へ行った時以来です。しかも、羽田空港の国内線の様子も良く分からず、心配で、前もって予行演習をして置きました。お蔭で大井町からリムジンバスで羽田直行、羽田でスマホで一緒に行く友人と連絡を取り、無事にチェックインして機上の人となりました。

駅前のお洒落なビル 殆ど揺れる事も無く、無事に高松空港に到着しました。なかなか綺麗な空港でした。空港から短歌会場までタクシーで暫く走りました。所々に麦畑があり、麦秋です。さすがにうどん県と思いましたが、うどんに使う麦は殆どオーストラリアからの輸入と聞きました。 なだらかな、お椀をふせたような優しい形の山がぽかぽかと見えるのも心が和みます。そして間もなく短歌会場に到着、それからまる一日半の短歌会が始まりました。
  1. 2015/05/23(土) 21:53:04|
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母の故里高田へ おしまい

雲の綴り方はこうして結局長々と続き、ようやく最後に辿りつきました。
ご覧くださいましたみなさま、有難うございます。そろそろ一か月近く前の事になってしまいましたが、あの時見た雪はすっかり溶けてしまったでしょうか。東京に暮らす人間にとって、あのような景色はとても美しく見えました。特に長い冬を過ごした雪国の方達にとっては、花が咲く頃はどれ程嬉しい事でしょう。
直江津で乗ったタクシーの女性の運転手さんが、「大雪の降る前に、何とも言えない雪の匂いのようなものを確かに感じます」と話てくれました。微妙な感覚だなぁと思いました。今ごろは一番良い季節になって皆さん生き生きして居られる事でしょう。姪のお蔭で亡き母の故里をまた確かめる事が出来た良い旅でした。

  1. 2015/05/15(金) 07:08:11|
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母の故郷高田へ 9

直江津駅
姪が直江津という所にも一寸で良いから途中下車してみたいというので、予定を早めて高田にさようならをしました。
あと2か所位母にゆかりのある所を訪ねてみようかと思っておりましたが、探してあるくのも時間がかかりますのでこちらは断念致しました。パンフレットを見ると五智公園の八重桜が有名との事で、そこに行ってみる事に決まりました。夫と来た時には、五智国分寺や居多ケ浜の親鸞上人が上陸したという所まで行き、日本海を眺めましたが今回はそこまでは残念ながら無理。2時間位しか余裕がありません。
直江津の駅前からタクシーで5分位で五智公園に着きました。八重桜は4分咲きというところですがとても美しく、おまけに谷間には水芭蕉が咲き、崖にはカタクリやイワカガミの花が咲いていて、私を有頂天にして呉れました。花を見ながら姪と買って来た笹団子や朝食でゲットしたゆで卵で昼食をとり、幸せな2時間を過ごしました。

  1. 2015/05/09(土) 22:01:20|
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母の故郷高田へ  8

寺町
高田には寺町があります。寺町の名のとおり、寺に次ぐ寺で独特の雰囲気があります。その辺りを姪に見せてあげたいと思いました。その中の一つに叔母一家のお墓のあるお寺もあり、以前は墓参りをした事がありましたが、残念なことに今はもうそのお墓も嫁が移転させてしまい、無くなってしまいました。が、そのあたりの独特の雰囲気を記憶しております。
ホテルをチェックアウトして荷物をロビーに預け、寺町めぐりに出掛けました。

浄興寺
 寺院案内図の説明に依れば高田城築城と同時に義明川の西側に寺院を集中させたのが寺町の始まりで、今でも63の寺院があり、殆どが高田城を向いているとの事で、寺の6割が浄土真宗とのこと。偶々初めに立ち寄った大きなお寺は浄興寺といってこの本堂は重要文化座財との事です。


本堂
大きなお寺で人気もなく、ひっそり。本堂に上がってお参り致しました。


豆殻太鼓
廊下に出る所に豆殻太鼓という変わったものがありました。ネットで調べましたら上杉謙信が寄進したものとか。胴回りが豆の殻で出来ているというのかしら?どんな音がするのでしょう?別のお寺

浄興寺を出てまたぶらぶら歩いて行くと緑が一杯のお寺が。緑に誘われて入って行きました。本堂は小さくここもひっそりとしておりました。

神社
私のイメージの中の寺町は鬱蒼とした大木が繁り、町全体に亡き人々の魂の息吹きが感じられるような所だったのですが、今回は何だか明るくてこじんまりして大分雰囲気が変わっておりました。時代の変化なのでしょう。
寺町を少し抜けた所に神社らしい神社がありました。
神馬
神馬が大切に厩に納められ、せっせと飼葉を食べて?いました・・・格子にカメラをくっつけてパチリ。大きなお馬さまです。

幸せタンポポ
幾らか寺町の風景が変ってしまったことが残念でしたが、 寺町というものを姪に垣間見せてあげた事にし、春を喜ぶ幸せそうなタンポポを眺めながらもう少し歩いてみる事にしました。



宇喜世お土産に懐かしい平八の蒲鉾を買いたいと、ホテルで貰った簡単な地図と、朧な記憶をたよりに 昨日歩いた母の生家の方向に足が向かいました。するとお食事処?こちらも年代もののようです。文化財
どうやらこれは宇喜世という料亭で、江戸末期から続いており、家屋が登録有形文化財とのこと。ここで食事をしてみるのも思い出になりそうでした。姪がお値段のチェックをしています。

平八 この宇喜世近く、むかしのままに雁木のある通りに目指す平八の店がありました。
  故里をただ恋ふる母と告げしかば「平八の蒲鉾」送り給ひぬ
 母の父母の菩提寺のご住職が送って下さった時の歌ですが、そのご住職も亡くなり、息子さんも亡くなり、永代供養をして廃寺となってしまったそうです。









  1. 2015/05/08(金) 14:53:01|
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母の故郷高田へ 7

のばらのレリーフ 午後1時半頃高田に到着してから、母の生家めぐりを終えて、高田城公園に来る途中で一度喫茶店でコーヒーを飲んで一休みしただけで、歩き続けて居りましたので流石に足が疲れて来ました。向こうに八重桜が綺麗に連なって咲いているのが見えましたが、そこまで行くのは諦めてホテルに帰る事に致しました。帰り道に小学校の前を通りますと、こんなレリーフに出会いました。すごい時代もののようです。よく見ると小川未明の「野ばら」 という作品の初めの方が書かれております。

大手町小学校
実は浜松で空襲に遭い、昭和20年(1945)7月頃から母と高田に疎開してこの小学校に多分一か月ほど通った事があるのです。このレリーフはいつからあるのか分かりませんが、この絵から察すると当時からあったのではないかとも思われますが、定かではなく、全く記憶にありませんでした。小川未明はやはり上越市出身なのだそうで、記念館もありましたが、残念ながらそこまでは行けませんでした。

郵便箱
 本町通りまでやってきますと、珍しいものが目につきました。下の説明には、最初の郵便ポストとして使われたものと同じ型を再現したものだとあります。何故ここに?という訳は、Wikipediaに依れば日本の近代郵便制度の創設者 の一人で1円切手の肖像で知られる前島密はここ上越市出身なのだそうでありました。なあるほど。
 何しろこの日は商店街は殆ど休業ですし、夕食はホテル付随のレストランでゆっくりしようと姪と相談して、ようやく足を引きずって黄昏のホテルに帰りました。歩数計は15000歩を超えておりました。


夕食
一風呂浴びて夕食です。すべて美味しい!飛び切り大ご馳走というわけでもないのに、どの品も深い味わいがあるのはどうしてなのでしょう。ご飯の上に白エビのかき揚げが乗っているものには別にやわらかい味の出し汁がついており、お茶漬けにして食べても良いとのこと。かき揚げに塩を掛けて半分食べ、後でお茶漬けにしてとうとう全部平らげました。白エビは富山が産地のようですが、日本海でとれたものでしょう。珍しく美味しく頂きました。
地酒
地酒の飲み比べセットを1セット取って、🍷を頼んで姪と半分分けして頂きました。どれもフルーティーで口当たりが良かったですが、妙高が一番おいしいと思いました。ほっこりと心地よくなった所にデザートは桜のアイスクリーム。桜の花びらが練りこんであるとはまた季節感あふれて嬉しいものでした。
ランチョンマット
 ランチョンマットも高田の四季です。
はいはい。母の高田は本当に良い所です。
人々はみんな穏やかで親切です。
そんな高田の夜が更けてゆきました。


  1. 2015/05/05(火) 12:39:40|
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母の故里高田へ 6

高田城絵図
公園に17世紀後半の高田城の絵図がありました。随分大きな規模です。現在の高田城は平成五年にシンボルとして三重櫓だけが絵図や古文書を元にして復元されたとの事。花の高田
高田城公園に約4000本のソメイヨシノが植えられていて、高田城百万人観桜会と銘打って日本三大夜桜の一つに数えられているそうです。


三重櫓

前回夫と来た時には、桜は咲いておりましたが、まだこの櫓はありませんでしたので、今回初めてさ緑の中の櫓を眺める事が出来ました。



堀

一週間早ければこの堀に桜の影が一面に写っていた事でしょう。花びらが沢山浮かんでいて、様子が偲ばれました。



木の橋! 堀端に沿って歩いていると向こうに立派な木の橋が見えて来ました。何故か俄然興奮です!!足早になりました。橋の欄干 何と立派な木の橋!昭和人間の郷愁を誘って止みません。極楽橋ですと!
由来の書かれた立札がありました。要約すると、「家康の六男、松平忠輝が1614年に高田城を築城した際、二の丸から本丸に通じる木の橋を設けた。平成14年に可能な限り旧形状に忠実に再現。構造耐力、法規制、維持管理等の面から目に見えない構造の根本となる部分は、鉄筋コンクリートやPHCパイルを使用した”近代的”な工法、直接目に見えたり、手に触れる部分は木材や石などを使用した”伝統的工法”を採用している。」とありました。すごい!よくぞ作ってくれました!またまた感動!木造としか見えません。手摺の触感の良さ、踏む足裏の感触の良さ、この橋を渡るだけで成程極楽に行けそうです。(一寸オーバーになりました。)
なんばやま
橋を渡って本丸に行くと何と(あたりまえ・・)先ほど見えた三重櫓の上に出ました。隣は中学校です。素晴らしい環境の学校です。
逆戻りをして極楽橋の手前から左を見ますと消え残った雪を頂く立派な山が見えました。孫位の男の子、多分中学一年生位の子に山の名前を尋ねましたが、「知りません」と。え?君の故郷の山だよ~ 妙高山

散歩風情の年配の男性が来ましたので訊ねますと、「南葉山ですよ。あの左の方にみえるのは妙高です。」との答え。「え~~!妙高ですかぁ~~?」 私は感動のあまり咳が出て止まらなくなりました。もっと色々聞きたかったのに残念です。その男性ももっとお話して下さりそうだったのに・・・連なる木々は桜です。

「妙高もなんば山も見えるここはどこ」ベッドに座りて吾に問ふ母
母の脳裏にはこの景色が焼き付いていたのでしょう。


  1. 2015/05/03(日) 14:00:57|
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母の故郷高田へ 5

古径邸 母の生家めぐりを終わり、今度はお城に行く事に致しました。以前の記憶では、お城まではそう遠くない筈です。儀明川を渡り本町通りに出ました。お煎餅屋さんが店を開いておりましたので、姪がお土産探しに入りました。そこでお城への行き方を教えて貰いました。そこに小林古径美術館のポスターが貼ってありました。聞けば、高田城公園の中にあるそうです。そこで、歩き歩いて辿りつきましたが、美術館は4時に閉館で、時間が少ししかありませんので、小林古径邸を見る事に致しました。

画室 パンフレットに依れば、この邸宅は吉田五十八が設計し、棟梁・岡村仁三が施工した木造二階・数寄屋造りの住宅。古径は大正九年に農家を改造した画室を馬込(東京・大田区)に設け、昭和九年に画室の隣地に本邸を新築。平成五年に惜しまれながら解体。上越市は解体部材を購入し平成10年に高田公園内に復元。という事で、私が生まれた年に新築された家にも興味があり、ました。小林古径は上越市出身であります。平成17年に登録有形文化財に登録されたとの事。

入り口  
作られた雁木を潜って行くと受付があり、女性が一人、「どうぞごゆっくりご覧ください。お屋敷のお隣には画室があって二階には作品も並べてあります。今画室の前の八重桜が満開でとても綺麗ですよ。」と親切に声を掛けて下さいました。見学者は吾々だけ、素晴らしいお屋敷を二人占めです。客間
 玄関の土間や沓脱石、畳廊下や、水屋、かと思えばキッチンなどは出窓もあり、明るく機能的。広々として昭和の初めの家としては本当に優れものだと思いました。


庭の花

広々とした庭は手入れが行き届き、大きな松や、桜、色々な種類の椿、山つつじなど、あるかと思えばふと見ると足元には雪割草の花が咲いておりました。 初めて日本画家の画室を見学、勧められた二階に上がるとデジタル複製画ではありますが、精巧に複製された春に因む作品が展示されて居りました。




  1. 2015/05/01(金) 17:21:35|
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