おだやかな日々に

万葉集落ち穂拾い  18

かへりみはせじ
巻十八の4094は大伴家持の長歌である。大仏の像を造るための金が不足していた所、陸奥国で金が出たというので、聖武天皇が喜ばれ、詔で恩賞が行われ、大伴氏も恩恵に浴し、それに感動して「陸奥国より金を出せる詔書を賀(ほ)ける歌」という長歌を作った。その中に「海行かば」のくだりがあった。
下調べをしていたら、これが出てきてびっくりした。万葉集の中にあるというのは知っていたが、丁度終戦記念日前に遭遇するとは。戦中派には忘れられない。厳かであり、純粋であり、何と滅私奉公の精神であろうかと、子供心に敬服しながら歌ったものである。
それが・・・今は何とむなしく、悲しい歌であることか。

家持が喜びのあまり作った歌と解釈されているようであるが、事実は一体どんなものであったか。
当時は天皇は神そのもの、それ以上の存在であったのか。
それはかの「大東亜戦争」を体験した世代には容易に理解出来ることである。
天皇は神であった。
戦場の兵士のみならず、本土に於いて爆撃に遭い、死ぬときには、
「天皇陛下万歳」と叫んで死ねと教えられた。

万葉集のこの歌を見事にあの戦争に利用した「軍部」の発想が恐ろしい。
そんな教育というものが恐ろしい。

今日は終戦記念日である。
  1. 2010/08/15(日) 10:50:51|
  2. 短歌など
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:3
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コメント

大君のためなら屍になろうと顧みはせじ。
この恐ろしい思想が天平時代のものだったとは、驚きました。

雲さんと同じ感慨をもちました。無駄死を納得させるための哀しみしかもたらさない歌だと思っていました。
  1. 2010/08/16(月) 23:18:13 |
  2. URL |
  3. わかめ #gGsLOqyI
  4. [ 編集 ]

海ゆかば... あの勇ましい軍歌が こういう出所があったのですね。
裏に秘められた思想や背景を知らずに接していた歌や絵って、
いろいろあるのでしょうね。
  1. 2010/08/17(火) 15:53:16 |
  2. URL |
  3. サイコ #ZeC0G1NE
  4. [ 編集 ]

暗い時代

わかめさん、サイコさん、コメントを有り難うございます。
サイコさんは当時まだ小さくてあまり記憶に無いかもしれませんね。
はっきり覚えているのは私たち前後1.2年が限度ではないでしょうか。
当時の大人は勿論、青年だった人達、今の80才~85才くらいの人達は
随分複雑な思いをしたのではないかと、思います。
子供だった私達はまだある意味で幸せだったとも思って居ります。
  1. 2010/08/17(火) 21:49:38 |
  2. URL |
  3. 雲 #mQop/nM.
  4. [ 編集 ]

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