おだやかな日々に

もきっつぁんの山形 6

茂吉の墓
斉藤茂吉の墓は「金瓶の和尚」と並んで居りました。
傍らのアララギの木は古木となったせいか、枝が折れたり、曲がったりしてちょっと気の毒な状態でした。折角なのに惜しいなぁ・・・・
立て札には墨で説明が書かれてありました。
茂吉の墓 茂吉が弟直吉(四郎兵エ)に宛てた昭和九年八月十二日の書簡に「僕の戒名を考えたが一字不満足ゆゑ、金瓶の和尚に三とほりばかり考えてもらってくれ」
以後も書簡の往復を繰り返し「赤光院仁誉遊阿暁寂清居士」の戒名がつくられた。茂吉が亡くなる十九年前のことである。
墓字についは昭和十二年二月四日の日記に「午後に茂吉之墓を書き・・・」とあり、戒名をつくった三年後に書いたことになる。』
云々。
アカシア
ここから野道を歩いて母上の火葬場跡に向かいました。川沿いに沢山アカシアの木が生えており、今花の盛りを迎えておりました。須川
その川は最上川に合流する須川です。この須川は父の郷里の旧東村山郡大郷村にも流れており、疎開をした時にその川で水泳大会をした事もあり、とても懐かしく眺めました。

わが母を
昔は野辺の焼き場で火葬したのですね。
 わが母を焼かねばならぬ火を持てり天つ空にはみるものもなし
 星のゐる夜空のもとに赤赤とははそはの母は燃えゆきにけり (赤光)
 
ここに来て見ると茂吉の慟哭が聞こえるような気がしました。
田圃のほか、何もないひろびろとした所、間もなく夜は蛙の声が響き渡る事でしょう。

野辺の花
紫色の野辺の花は豆科の植物のようでした。
遠くに見える立派なお寺は先ほど訪れた宝泉寺です。
山城屋
 ここからタクシーを呼んで山城屋へ行きました。山城屋は茂吉の弟、直吉(高橋四郎兵衛)が経営していた旅館との事で茂吉は勿論のこと、茂太氏、北杜夫氏始め短歌関係の人が良く泊まった旅館で話しには聞いて居りましたが、残念ながら2年前に廃館したそうです。しかし、茂吉の資料館は見られると思ったのでした。所が結局資料館も閉ざされて居りました。
山城屋庭園折角だからとお庭拝見。このまま放って置くのは誠に勿体ない、美しい日本庭園です。
山城屋
 タクシーの運転手さんが、「買い主がまた旅館を開くという話を聞いたけれど、どうなったのか、そのまんまで勿体ないですねぇ」と言っていた。昔のままの旅館が再開されれば良いのだけれど・・・・と言ってもまた来られるかどうか・・・
     朝ゆふはやうやく寒し上山の旅のやどりに山の夢みつ
                                      茂吉(石泉)












  1. 2012/06/14(木) 14:27:05|
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